野球部

卒業生

manomura
「北野を誇る人間ではなく、
  北野が誇る人間になりなさい」
野村 良太
平成25年卒
北海道山岳ガイド協会所属
山岳ガイド/登山家

現役時代の思い出

中学時代までは文武両道だったのに、高校に入ると周りのレベルの高さに打ちのめされる。多くの北野生に共通の悩みだろう。僕もその例に漏れず、成績は320人中250位前後をうろうろとし、追試や追追試で練習に参加できない、なんてことも日常茶飯事。そんな僕には野球部とその仲間が一番のよりどころだった。記憶力の良い同期が多いので、当時の思い出話では未だに鮮明に笑い合うことができる。
最後の夏、一つ勝てば履正社と試合ができたのに、その前に負けてしまったことは今でも悔いが残っている。

今の生活にどう役立っているか

卒業後は1年の浪人期をへて、北海道大学へ入学。そこでワンダーフォーゲル部と出合い、登山の魅力に取りつかれた。水産学部卒を公言するのが憚られるほどに、海の研究もそっちのけで山へ通った。そのうちに山を生涯の趣味と仕事にしたいと思い、就職活動をせずに山岳ガイドの道へ。
今思い返せば、小中高と存分に野球に打ち込んだからこそ、登山に出合ったときに「それ以上に打ち込みたいものを見つけた感動」があったのではないだろうか。

北野高校野球部で良かったこと

大学卒業後、コロナ禍で仕事がないことにかこつけて、ずっと温めていた北海道分水嶺縦断という長大な登山を実行、完遂した。前年の撤退を踏まえての再挑戦はNHK地上波で年末に全国放送され、その年一番冒険的な活動をした人物に送られる「植村直己冒険賞」受賞にまで至った。
63日間の登山中は、体力的にも精神的にも、9割は苦しい時間だ。ご褒美はせいぜい1割しかない。それでも心が折れなかったのは、誇張抜きで、野球部の練習の方が何倍もキツかったからだ(特に冬)。「あのときに比べれば大したことはない」と思える経験がある人間は、いざどうしようもなく苦しい局面に立たされたときに力を発揮できる。

後輩や受験生たちへ

冒頭の一文は、入学式での校長先生の挨拶だ。伝統校として知られているからこそ、浮足立った新入生にふさわしい言葉だった。だが、「北野が誇る人間」とは、それを目指してなれるようなものではない。他の誰よりも何かに打ち込み続けた者だけがたどり着けるかもしれない境地だ。まずはとことん打ち込めるものを見つけてほしい。寄り道してもいい。一途でなくてもいい。やりたいようにやることが自分の人生に納得する唯一の秘訣だと僕は思っている。